昨日買った本

昨日、くまざわ書店に寄ってので、せっかくだから何か買って帰ろうと思って、下記の本を買った。

 

 鹿龍之介 『連合艦隊 参謀長の回想 (中公文庫、2021)

 

歴史的な記録である回想記の復刊なんてのは、資料としても貴重だ。

 

 

 

 

 

 

 

心象スケッチの詩人

またまた間が空いてしまった。これじゃあ、ブログの意味がないかも。

 

久しぶりだけど、読了記録だけでもメモしておくか。

 

12/10 に、やっと読み終えた本あり。今野勉『宮沢検事の真実 - 修羅を生きた詩人』(新潮文庫、2020) という本。、

 

内容についてはここで書かないが、かなり衝撃を受けた。

 

宮沢賢治についてもだが、著者の、しつこいともいえる追求の姿勢にだ。

 

わけの分からない詩から出発して、その背景を探っていき、最後は「銀河鉄道の夜」の内容に踏み込む。

 

ほとんどが賢治の詩から追いかけていき、童話についてはほとんど言及されない。

 

賢治の書いたものというのは、創作であっても、結局は彼の 心象スケッチ につながっているということが分かった。

 

銀河鉄道の夜」とタイタニック号の関連なんかを教えられると、子供の頃に読んだ賢治の「グスコーブドリの伝記」のことを思い出す。

 

自己犠牲というテーマが共通している (今野氏の本には、言及がなかったけれど)。

 

読んでいて、それなりに思うところはあったが、時間が経過しているし、通読しただけでもあるから、ただ、通読したという事実だけをメモしておく。

 

 

 

 

 

ひどい翻訳

W・S・バロウズクィア』 (河出文庫、2025)。

 

翻訳者名として 「山形浩生柳下毅一郎」 とある。

 

まるで読み進められない。最近は読書から遠のいているし、目も悪くなった。

 

頭の処理能力が劣化しているのかもしれない。

 

しかし、これはひどいと思った。

 

たとえば44ページのこんな文:

 

 K・Cステーキ・ハウスの前を通りすぎた。レストランの中からムーアが手招きした。

 

「レストラン」 とは 「K・Cステーキ・ハウス」 のことだろう。

 

その前を 「通り過ぎた」 のだという。通り過ぎてしまっては、「手招き」 しているのは見えまい。

 

おそらくは、「K・C・ハウスの前を通り過ぎようとすると、中のムーアが手招きをするのが見えた」 ということではないのか。

 

一度でも読み返してみれば、おかしいと気づくはずだ。まして、書物として出版されようというものなら、なおさら注意するだろう。

 

訳者は見落としても、出版社の編集者なりは目をとおして気づくはずではないのか。

 

そんな些細なことはどうでもいいというのか。

 

そのページまで何とか目を通してきたのだが、何とも読み進めるのが苦しい。

 

文体が、英文和訳なのだ。翻訳になっていない。

 

あるいはアルバイトに訳させたものに、まことしやかに訳者名をつけただけのものなのか。

 

アルバイトにしろ、きちんとは訳されている。英文和訳としてみれば、正確なのかもしれない。

 

けれど、翻訳とはいえない。日本語の小説として読めなければ翻訳と名乗る資格はあるまい。

 

あるいはその前のページのこんな文:

 

 たいてい額に垂れ下がってきて、たまに食べ物にさわったり、飲み物に入り込んだりした。

 

「たいてい」 は usually とかを訳したもの? 「髪の毛がいつも額に垂れていて、それが食物に触れたり飲み物に入ることもあった」 みたいなことじゃないの?

 

「たいてい」 だの 「たまに」 なんて、英単語を日本語に置き換えただけのように見える。

 

英文和訳ならそれでよかろうけれど ・・・

 

 

同じページからもっと引くと

 

 ムーアとウィリアムズとウィリアムズの妻、リルとはシワタネホから戻っていた。

 

これも妙な文だ。「ウィリアムズとウィリアムズの妻」 なんてまどろっこしい。日本語では普通はそんな言い方はしないだろう。

 

「ウィリアムズと彼の妻は」 とか 「ウィリアムズ夫妻は」 とかなら日本語として読めるだろうに。

 

「ウィリアムズの妻、リルとは」 の部分も変。ウィリアムズの妻とリル」 と並列して示しているように見えるから、ウィリアムズの妻とは別人のように取れる。リルは 「ウィリアムズの妻」 の名ではないのか? それなら 「ウィリアムズの妻のリル」 でよかろうに (だから ウィリアムズ の名を二度も出したのだな)。

 

「戻っていた」 も 「戻っていたのだ」 の方が状況を把握しやすい。語り手の住む町から出ていったはずなのに、レストランの中に座っているムーアの姿を見たのだから。

 

ムーアが語り始める部分も引っかかる:

 

 「いい、リルは向こうでチーズを食べたんだ。

 

この 「いい」 ってのは何だ? Well, ... とかを訳したもの? ふざけんじゃねぇ。

 

「あのな」 とか何とかに置き換えるのならまだしも、「いい」 とは!

 

それか、そんな 「いい」 なんて部分は略してくれた方が読みやすい。英語では自然でも、日本語の文章の中では目障りだ。

 

 

バロウズの文体を日本語に移そうと思ったのかもしれないが、見事に失敗しているとしか思えない。

 

 

 

 

 

あのイプセンではなかった

ナサニエルホーソン (Nathaniel Hawthorne, 1804-1864) といえば、『緋文字 (The Scarlet Letter)』が有名だ。

 

原文を、ネット上ではたとえば Gutenberg で読める (The Scarlet Letter)。

 

そのページを開いてみたら、

 Illustrator: Mary Hallock Foote

      Ludvig Sandöe Ipsen

 

と出ていた。

 

注目したのは2番目の方の名前。

 

Ipsen って、『人形の家』の作者と同じ名前だ。

 

でも、名字が同じというだけのことで、もちろん別の人物である。

 

『人形の家』の作者の ヘンリック・イプセン (Henrik Johan Ibsen, 1828-1906) はノルウェーの人。

 

一方、ルドウィッヒ・イプセン (Ludvig Sandöe Ipsen, 1840-1920)  はデンマークアメリカ人 (*1) の画家 (*2)。

 

 (*1) 生地はコペンハーゲンだが、後にアメリカに移住

 (*2) 主にイラストだが、文字フォントを作ったりなどもしている

 * 参照 : Wikipedia [Ludvig Sandöe Ipsen]

 

そんなことに気が付いたという、ただそれだけのメモである。

 

近況

こんなに間があいてしまっては、アクセスなどなかろうと思いきや、それでも時々はアクセスがあるようだ。

 

自分のメモみたいなものだから、読まれなくても仕方がないのだが、それでもアクセスが記録されているのを見ると嬉しくなる。

 

今は本が読めなくて、特に書くほどの材料がない。

 

 

10年以上も前に Ameblo に書いたものに、たまにアクセスがあるのが、不思議な気がする。

 

タイトルは [キルケゴールの父] で、アクセス解析を見ると、今日は4回のアクセスが記録されている。

 

ずいぶんと前に書いてアップしたものなのに、どうしてアクセスがあるのだろう? ひょっとしたら Ameblo が水増ししてくれているのかと思ったりするが、真相は分からない。

 

 

"結婚" という名の翻訳者

英語の marriage は、もちろん 「結婚」 という意味だ。

 

面白いことに、その 「結婚」 を意味する Marriage という姓がある。

 

たとえばバルザックの小説を英訳した英国人の Ellen Marriage (1865-1946) という人もそうだ。

 

彼女は1901年に療養所でジャーナリストのエドマンド・ガレット (Edmund Garrett,:  1865-1907)) と出会い、2年後に二人は "結婚" した。

 

* Wikipedia [Ellen Marriage] を参照しました

 

12/05

12/05

 

昨夜は寝床読書にわりと時間を費やした。

 

James Patterson & Andrew Gross: The Jecter の半分くらいまで読み進めた。

 

とはいえ、返却日が迫っているので、読み通すのはおそらく無理だろう。

 

適当なところで切り上げて返却して、少し先で再び借り出して読み通してしまうのが賢いかも。

 

それにしても、何という物語だろう。相当に強烈だ。子どもに読ませる類のものではないが、一種の冒険物語だともいえる。

 

12/06

 

昨夜は、枕もとに The Jecter を置いたものの、そのまま眠ってしまったので、1語も読まず。

 

12/07

 

昨夜は少し読み進んだ。だけど、第4部に入るところまでで止めておいた。どうせ通読できずに返却するのなら、きりのいいところの方が、次に貸し出しを受けたときに続けやすいだろうと考えて。

 

第4部のタイトルが Treasure だから、残忍非道な黒騎士たちが何を求めているのかが明らかになるのかもしれない。

 

あ、今夜も続きを読むかも。

 

12/08

 

昨夜は、寝床に入って体が温まるのを待っているうちに、気持ちよくなってそのまま眠ってしまった。

 

だから、1行どころか1語も読まずじまい。

 

キリの良いところまで読み終えているから、ひとまずは返却して、後日改めて借りてきて続きを読もう。