「やたけたに」

先日は開高健の自伝作品 (『夜と陽炎』) の中で見かけた 「かいなでに」 という言葉を取り上げたが、また 「ん?」 と思う言葉に出会ったのでメモしておく。

 

ふらふらとそう思いきめてみると、いつごろから身についた衝迫か、先天性とも後天性ともつかず、日頃はどこにひそんでいるのやらまさぐりようもない破滅衝動が、ふいに、やたけたに、むらむらとこみあげ、顔を見せると同時に腰をおろして、うごかなくなってしまった。

 

 この文の中にある 「やたけた」 とはどういう意味だろう、と思った。

 

weblio辞書を見ると、大阪弁でで、「やたらに」 とか 「やけくそで」 のような意味合いらしい。

 

飲み屋でたまたま目にした新聞のネズミについての記事の内容に触発されて小説を書いてみた開高健は、それを持って佐々木基一のもとを訪ねたところ、手厳しい批評を下されたが、再度それを書き直して持参したところ、今度はそれが雑誌に掲載された。

 

平野謙が新聞の書評欄でその作品を取り上げたことから、文芸誌の編集者の猛アタックを受け、初めは気が進まなかったものの、ついに、よっしゃ、じゃあやったるかぁという気持ちになるのである。

 

ただし、当初は作家になる気持ちはなく、サラリーマンとの二重生活を送るのである。

 

 

「うごかなくなってしまった」 なんていう文は、小学生でも 「動かなくなって」 と書くかもしれないが、そこをあえて仮名表記にしているところなど、いかにも開高健の文章だといえるのかもしれない。