ネスボの2冊目を読了したところだし、今のうちに読みかけのものを少し消化しておこうと取り掛かったのは下の2冊。
石川榮吉 『欧米人の見た開国期日本』
後者の中にこんな記述があった、
ちなみに、目白御殿と言われた田中の自宅事務所、雨漏りをバケツで受け、冬は火鉢で暖をとるという状態だった。
食事は事務所で飯を炊き、頂きものや佐藤昭子が自宅で作ったものがオカズで、来所していた議員たちもいっしょに食べたという。
つまり、質素を旨としていたということらしい。
空き部屋に電気をつけたままというのにもうるさかったそうだ。
佐藤昭子は不要になった紙をメモ用紙として使っていた。
石油ショックがあり、トイレットペーパーや洗剤などの買い占めが発生した。
笑えない。今日の日本人も同じではないか。
田中は飽食の国民に節約を訴えた。
あの頃、田中などはまだ 戦後の復興 という意識があったのだろう。
田中だったら、被災した地方の復興を第一に取り組んだかもしれないな、という気がする。