子女の変節

森まゆみ『にんにちは一葉さん』(NHKライブラリー、2004)は読み終えている。

 

よって、もう1冊の方、『島崎藤村短篇集』(岩波文庫、2022)の方を読み進めてはいるのだが、返却期日までに読み終えるのは無理だ。

 

延長できたら延長するし、ダメなら返却するしかない。

 

ところで、樋口一葉島崎藤村とは、生まれた年が同じなのである。

 

意図的に、そういう組み合わせになるようにしたわけではばい。

 

偶然だ。

 

一葉の「たけくらべ」の主人公ともいうべきは美登利といえるのかもしれない (ただし、私が通読したことのある一葉作品は「にごりえ」と「十三夜」くらいなもので、有名な「たけくらべ」は未読である)。

 

その美登利は、闊達な女の子であったのに、ある時を境に、別人のようになるようだ。

 

森みどりさんの本を読んでいて、そのことを知ったのだが、ふと、最近読んだばかりのカリン・フォッスム『湖のほとりで』の被害者の娘のことを思い出した。

 

こちらも、ある時から別人のような感じになる。

 

両者は年齢が違う(美登利は初潮を迎えるくらいな年ごろだが、『湖のほとりで』の被害者の娘は何歳だったか思い出せないが、16、7歳くらいだったかもしれないし、それに処女ではなかった)。

 

若い女とは限らず、女性というのは、突然変わることもあるような気がする。

 

一葉と藤村が同じ年に生まれた作家にかかわる本を、たまたま借りてきたのも不思議な偶然だが、小説の中の人物に、どこか共通するものがあるようなのも、これもたまたまであるが、暗合というものはあるものだ。

 

タイトル

ブログというのは、何かタイトルをつけなければならないみたいで、そうすると、雑記みたいなものを書きにくい。

 

タイトルを付けるような、そんな大した内容があるわけでもない場合、つい手控えてしまう。

 

所詮は、何かの検索でたまたまヒットしたという人くらいしか読まないであろうこのブログなんぞ、エラそうにタイトルを付けて書く必要があるのか。

 

もっと気軽に、自分のメモのつもりで書いた方がいいのかも。

 

 

もう10日以上前のことだが、カリン・フォッスム 『湖のほとりで』(成川裕子・訳、PHP文芸文庫、2011) は読み終えている。

 

殺人犯が判明しても、その犯人が凶悪犯であるとは思えない。

 

解説者はさすがに目の付け所が違うというべきか、あの小説が 家族 という関係を意識して書かれたものだということを書いていた。

 

なるほど、である。そういう側面も織り込んであるミステリ小説。

 

それと、ほんのささいな場面でしかないが、何か所か、食事の場面がある。北欧の人の食事は、あんなに簡素なものなのだろうか。

 

本当は、食事に関する場面について、メモでもとっておいたらよかったかな、と読後に思った。

 

 

今は、森まゆみさんの 『こんにちは一葉さん』(NHKライブラリー、2004) を、寝る前に寝床で読んでる。これはいい本だ。

 

それと並行して、『島崎藤村短篇集』(岩波文庫、2022)も読んではいるのだが、まずは森まゆみさんの本を読んで、それに疲れたら交換して読むということにしてるので、初めの 「津軽海峡」 を読んで、次の 「並木」 の初めの方を読んだ程度。

 

実は、ネスボの 『真夜中の太陽』(ハヤカワ・ミステリ、2018)も図書館から借りてきてはいるのだが、こちらまで読めるかどうか。

 

それら3冊を、年末に読めみ終えられなければ、来年にまたがって読むことになる可能性もある。

 

『湖のほとりで』

トマス・エンゲル 『瘢痕』 に続いて、やはりノルウエーの、カリン・フォッスムという人の 『湖のほとりで』 (PHP文芸文庫、2011) を読んでいる。

 

これも 「北欧ミステリー」 だ。

 

返却日までに読み終えることは無理と判断して、早めにネットで延長手続きをしておいた (文庫本とはいえ、500ページはあるから、なかなかだ)。

 

ここに内容は書かないが、これも読ませる作品になっているので、毎晩、寝床の中で読み続けている。

 

 

 

 

トマス・エンゲル 『瘢痕』 に続いて、やはりノルウエーの、カリン・フォッスムという人の 『湖のほとりで』 (PHP文芸文庫、2011) を読んでいる。

 

これも 「北欧ミステリー」 だ。

 

返却日までに読み終えることは無理と判断して、早めにネットで延長手続きをしておいた。

 

ここに内容は書かないが、これも読ませる作品になっているので、毎晩、寝床の中で読み続けている。

 

 

 

 

マザーとチャイルド

意図したものではなかろうけれど、The mother's book という書物を書いたのが Lydia Marie Child という人であるのは面白い。内容は知らないが、子ども (child) という人の書いた 母親 (mother) についての本、というか、子を持った女性のための本、といったものではなかろうかと想像する。

 

そのチャイルド女史 (1802-1880) は米国の作家で、同時に奴隷制度に反対する立場からの運動も行った人であるらしい。

 

The mother's book の本文は Gutenberg の ココ にアップされている。

 

 

北欧ミステリ

トマス・エンゲル『瘢痕』を読み終えて図書館に返却したが、また北欧ミステリを借りてきてしまった。

 

今度はカリン・フォッスム『湖のほとりで』(PHP文芸文庫、2011)だ。これもノルウェーの作家の作品。

 

北欧ミステリはスエーデンやデンマークのものも翻訳されているが、今はノルウェーのものに絞ってるみたいな感じになってる。

 

そのうちにノルウェー以外の国のものにも手を出すかもしれないが、何しろ読む速度が遅いので、あれもこれもというわけにいかない。

 

 

沢木幸太郎『檀』の初めの方を読み始めていたが、こちらは先延ばしにしなくてはならないかもしれない。とりあえずは図書館から借りてきた方を先に読み終えてしまわなくてはならないからな。

 

 

 

 

 

 

 

読了

前回 「訳文が気になる」 で言及したトマス・エンゲル 『瘢痕』(ハヤカワ・ミステリ文庫、2014)であるが、やっと読み終えた。

 

574ページまであるから、文庫本とはいえ、かなりな長編を読んだようなもの。

 

毎晩、寝床の中で読み続けた。

 

何だか、横になったまま重労働をしたみたいな感じ。

 

力作というか、もう 力技 みたいなものだな。こんな作品を書く人って、体力的にもやわでは無理かもしれないという気がする。

 

作者の作品としては、これが世に出た初めてのものだそうだが、なるほどと思う。

 

名前が知れた人が仕事として書いていくのと、「これでどうだ!」 と徹底的に手をいれまくって書くのとでは、違うかもしれない。

 

同じ北欧ノルウェーのネスボもすごいと思ったけど、こちらもまた力作だ。

 

毎晩、ひたすら読み続けた、という実感がある。